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2008年12月、国際宇宙ステーションの長期滞在クルーのフライトエンジニアに任命され、初めての打ち上げが決まった古川聡飛行士。2011年春ごろから約6ヶ月におよぶ長期ミッションに臨む。人類の宇宙飛行の歴史は半世紀を超えるが、いまだ生死を分かつ危険と隣り合わせの宇宙空間では、宇宙飛行士のチームワークや、意思を伝える「ことば」が何よりも重要な意味を持つに違いない。そこでは、どんな英語が飛び交っているのだろうか。
その答えを探るべく、東京にある宇宙航空研究開発機構を訪ねた。案内されたのは、大きなテレビモニターのある一室。アメリカ・ヒューストンのNASAで訓練中の古川氏がテレビモニターに現れるという。こちらの時間は早朝だったが、画面の向こうは前日の夕方になる。やがて、約束の時間ぴったりに古川氏の人懐っこい穏和な顔が画面に現れたー。
編集=古屋裕子(クリムゾンインタラクティブ)
それからもう一つ、幼稚園に通っていたころ、お父さんが日本人で、お母さんがアメリカ人というハーフの友人が一緒のクラスにいました。アメリカで生まれ育った彼は、いきなり家族ごと日本にやってきたので、日本語をうまく話せませんでしたが、子ども同士ですからコミュニケーションをするのに高度な言語は必要ありません。おもちゃの貸し借りをするうに自然に意思を通わすようになりました。彼とはその後、小学校でも同じクラスになり、今でも連絡のやり取りをする仲です。
このように幼いころから異文化体験を得たおかげで、私は日本人と外国人との間に壁を感じなくなったのかもしれません。
―では、学校での英語の成績はよかった?
う~ん、普通です(笑)。その友人とは、別に英語で会話をしていたわけではなかったですからね。ただ、大学受験までは英語は好きな科目でした。中学、高校と通った神奈川、鎌倉の栄光学園が英語教育に非常に熱心で、日本人の先生が英文法を教え、アメリカ人やドイツ人の先生が英作文などを教えてくれましたので、一生懸命勉強しました。
大学生になってからは、医者になるために特殊な医学用語を覚えなければならず、これには少し手こずりました。普通は学ばないような、たとえば「renal(腎臓の)」といった医学用語をとにかく覚えるしかないわけです。
また、英語の読み書きはあまり問題ありませんでしたが、「聞く」「話す」に関しては、医者になってから苦い経験をしています。
確か1995年のことだったと思いますが、国際学会に出席して発表をすることになりました。事前に話すべき言葉をまとめ、それを読み上げて何度も練習して、ある程度の自信をつけて壇上に立ちました。実際、話を終えたときは自分でもうまくいったかなという手応えがありました。
ところがその後、聴衆からの質問を受ける段になって、ガタガタになってしまいました。そのとき質問をしてきた人は、まず私が発表した内容に対する感想を述べ、そのうちに気分が盛り上がってしまったのか、どんどん早口になり、私は聞き取れなくなってしまったのです。多くの人の視線を浴びながら、質問にもろくに答えられず、実にいやな時間を過ごしました。
私も舞台の上で興奮していたのでしょう。あとで同僚に確かめてみると、彼はその質問者の意図を理解していて、「こう答えればよかったのに」などと言われ、それがまたダブルショックでね。
―それは、英語嫌いになってもおかしくない体験ですね。 ええ、非常にくやしかったです。ただ、自信を失って尻込みするのではなくて、それをはずみに英語をきちんと勉強しようと思えたのは幸いです。TOElCやTOEFLの問題集を買ってきて、勉強を始めました。また、英会話のCDを聴いて何度も復唱するなど、聞く能力と話す能力を鍛えました。
―その後、古川さんは、国際宇宙ステーションに搭乗する日本人宇宙飛行士に応募するわけですが、宇宙飛行士の選抜試験の英語の出来はどうでしたか? この学会でのくやしさをバネに勉強した成果なのかどうかわかりませんが、まあまあできたのではないかと思います。ただ、私より英語ができる受験者はたくさんいますよ。私が応募した年は、確か850人くらいの受験者がいたと思いますが、英語の試験が終わったあとに残ったのは、200人程度でした。
―国際宇宙ステーション搭乗の宇宙飛行士候補者になってからの訓練では、語学の授業が多いそうですね。どんな授業なんですか? 国際宇宙ステーションに搭乗する宇宙飛行士候補者の基礎訓練の4分の1にあたる約400時間は、語学の授業です。ステーション内の公用語である英語と、ロシアでの訓練に備えてロシア語の訓練を行います。英語に関しては、つくば市の訓練所にアメリカ人のネイティブスピーカーの先生を招いて、一対一での個人授業を毎週続けていました。
英語でのプレゼンテーション方法に関する授業もあり、私は2通りのプレゼンテーションを学びました。一つは、練り上げた原稿を作成して、それを効果的に発表する方法。もう一つは、その場でテーマを与えられ、アドリブでスピーチを行うもので、どちらも難しかったです。それから、宇宙飛行士になる訓練の一環として飛行機の操縦もしますので、特殊な航空英語を覚えることも必要です。
先生がフラメンコダンサーという変わった経歴を持っていたり、いつも笑いが絶えない授業で、とても楽しく英語を学べたと思います。
―若田光一宇宙飛行士が一番苦労したのが、英語だったそうですね。古川さんは、どうでしたか? ええ、若田さんと同様、私も苦労しました。
まず、英語の授業を行う前に、毎回テキストを数十ページほど読んで予習する必要がありますが、ネイティブの人ほど速く読めません。また、復習にも時間がかかります。
さらに、スペースシャトルや宇宙ステーションの模擬装置に座って行う訓練も、すべて英語で行われます。何らかの異常が起きたという想定のもと、何が起こったのかを判断し、どう対処するかということを、管制塔の指示を受けながら手順書に沿って操作を行います。しかし、管制塔から指示される言葉に対する反射神経は、ネイティブには到底かないません。でも、実際のミッションでは数秒の遅れが重大なミスにつながることもあるので、何度も練習する中で反応速度を高めていかなければなりません。
たとえば、T・38ジェット練習機の後部座席での飛行訓練の場合、管制塔から指示された言葉をリードバックします。「離陸を許可します」と指示が出たときは、「離陸許可」。「離陸は中止、そこに止まってなさい」と指示されたときは、「この場で停止します」という具合に、指示をそのままオウム返しにすることで、こちらがわかったということを示す必要があります。
その程度の指示なら大丈夫ですが、たとえば「どういう方向に、どれだけの高度で飛んでいって、かつ、ラジオの交信の周波数をいくつに変えなさい」などと、数字を含めたたくさんの情報が盛り込まれる指示の場合、「何度の方向に、高度何フィートで、何ヘルツの周波数に合わせます」と英語ですかさず答えるのは大変なことです。これは、何度も繰り返して行うことで、慣れていくしかなかったです。
―訓練や実際のミッションには、英語やロシア語を母国語としない、さまざまな国籍を持った人がたずさわるわけですよね。言語やバックグラウンドの異なる人たちと付き合うには、どのような工夫が必要でしょうか? 国際宇宙ステーションは、アメリカ、ロシア、日本はもちろん、カナダ、ドイツ、フランス、イタリア、スウェーデンなど世界15ヶ国で行っているミッションで、それぞれの国の任務を背負った人たちが集まっています。その中で円滑にコミュニケーションを行うためには、自分の流儀を相手に押しつけるのではなく、お互いの言語や、育ってきた文化が違うんだということを前提として認め合い、そのうえで相手を尊重する態度が重要になってきます。
謙譲を旨とする日本人には得意分野かもしれませんが、ただ単に寛容になるのではなく、ときにはアメリカ人のように積極的に自分の意見を主張しなくてはいけない場もあります。
―古川さん自身、そのような必要に迫られたことはありますか? 多々ありますよ。例を挙げるとすれば、2007年8月、アメリカのフロリダ州沖合の海底約20メートルにある海底施設アクエリアスでNEEMO(ニーモ)という極限環境ミッションに参加しました。
これは、海底の環境を宇宙空間として想定して、10日間海底の極限環境で生活する訓練ですが、訓練と並行して行う科学実験で、メンバーの1日の唾液のサンプルを取るというのがありました。朝起きた直後に採取して、30分後、3時間後、6時間後と、サンプルを取る時間は決まっていました。しかし、船外で潜水活動をする重要なミッションも同時にあり、それがサンプルを取る時間とぶつかる可能性が出てしまったのです。どちらを優先するべきか、みんなで議論をしました。
そのときは、ミッションのほうが重要だから、科学実験を犠牲にするのはやむを得ないという意見が多勢を占めていました。でも、医師でもある私としては、定期的にサンプルを取る重要性もわかっていましたので、その意見には反対し、ミッションの間に海底から上がって一休みできる場所までサンプルを取る装置を持っていって、やりやすいように工夫すればいいのではないかと主張したわけです。ミッションの進行状況によっては正確な時間にサンプルは取れないかもしれませんが、取らないよりは取ったほうがいい。とにかくベストを尽くそうと説得して、実際にその通りに実行しました。
―ところでこのテレビ電話は、このようなマスコミ取材をする以外にも頻繁に使われているものなんですか? ええ、日本のスタッフに日々の業務連絡を行ったり、今後のミッションについて打ち合わせを行ったりするのに使っています。
―実は私自身、テレビ電話で会話するのが初めてなんです。こちらの言葉がそちらに伝わるのに数秒の遅れがあって、実はいまだに戸惑っています。 そうですね。お互い日本語を話していますが、やはり慣れが必要ですね。
―事前に質問内容をお渡しすればよかったんですが、古川さんはこちらのとっさの質問にも的確に答えてくれるので、これも宇宙飛行士ならではのコミュニケーション技術なのだろうかと感じています。 そうですね、宇宙飛行士にとっては、思っていることをできるだけ口に出して、はっきり表現することが何よりも大事です。相手にきちんとこちらの意思を伝えないと、どのような誤解が生じるかわからない。宇宙飛行士にとって、言葉とは大事なコミュニケーションの道具です。以心伝心の信頼関係があったとしても、「言わずもがな」で済ますことは極力避けたほうがいい場面もあります。「常識的に考えればこうだよね」と無言で了解できることでも、生まれ育った国や言語が違えば、常識そのものがまったくかけ離れたものだったりすることはよくあります。誤解の危険性を少しでもなくすために、宇宙飛行士は思ったことを明確な言葉で話すように訓練しています。
―みんなが思い思いに主張すると、意見がまとまらなくていらだったりすることはありませんか? 個人的には、一度もありません。みんな違って当然ですから。
対立するのはあくまで意見であって、人格の対立ではありません。人間としてはお互いに認め合っているうえで、行動あるいは考えの違いがあるだけです。それは議論して解決すれば済むことです。
―万が一、感情が爆発して、仲間とケンカするときはどうしますか?英語だとケンカも大変そうですが…。そういうときには、日本語で怒ればいいんじゃないですかね。「バカヤロー」と言えば、相手もひるむでしょう。感情は必ずしも言語のみによって伝わるものではないですから。幸い私は、その言葉を口にしなくてはいけない場面は一度もありませんけど(笑)。
ちなみに、まじめな議論の一方で、コミュニケーションを円滑にするためにはユーモアも大切です。訓練中は笑いが絶えないんですよ。私の場合、意識して英語のジョークを言って笑わせるということではなく、思ったことを口にしたらそれが「ボケ」や「ツッコミ」になって場を和ませることが多いです。
―古川さんは、宇宙飛行士である以前に医師だったわけですが、医療現場でのチーム作業の経験が宇宙開発の現場で役立つことはありますか? それは大いにあります。チームワークという点で、両者はよく似ています。
たとえば、患者さんの命にかかわる手術で重要な作業をするとき、一人だけにそれを任せるのではなくて、他のスタッフもその作業を確認するようにします。
これはスペースシャトルの中でも同じことで、パイロットがスイッチを動かしたり、コマンダーが重要なコマンドをキーボードに打ち込むときには、別のスタッフがそれを目視して「Good switch」とか「I see it」と声に出して同意します。正しいスイッチ、正しいコマンドが打ち込めているかを、複数の目で確かめるわけですね。
人間は完ぺきではなくて、どんなにすごい人でもミスをしてしまうことがある。そのことを前提にして、宇宙開発の現場でも病院の中でも、ミスを未然に防ぐためにチームを主体としたシステム作りが徹底されているのです。
どちらの現場にも重要なのは、宇宙だったら英語、病院だったら医学用語といった共通の言葉による意思疎通と、スタッフ同士の信頼関係から成るチームワークです。
―宇宙飛行士の選抜試験に受かって英語漬けの生活がスタートしてから7年。「英語の壁」は今も感じますか? それは、今も感じます。親しいネイティブの人と話していると、共通に知っている事柄や概念が省略されるうえ、早口になることもしばしばです。そうすると、相手が何を言おうとしているのか理解できなくなることもあります。
でも、そういう壁は英語に限った話ではないと思います。たとえば、アメリカのヒューストンで訓練生活に明け暮れている私にとっては、日本の若者と会話するのにも大きな壁があると思いますし、昔、大学で外科の会議に初めて出たときには、外科の専門用語がまるでわからなくて驚きました。
言葉の壁はどこにでもあります。壁に立ち向かうには、その分野の実践の言葉をたくさん聞き、言葉を使う中で知識を養い、周囲との共通の認識を分厚くしていくことが重要なのではないでしょうか。もしわからない言葉が出てきても、知識や経験でカバーして、意味を漠然と予想できるようにすることは可能です。
―最後の質問です。生まれ変わるなら、英語のネイティブスピーカーになりたいと思いますか? 生まれ変わるのは1回だけですか?1回くらいなら、それもいいかも(笑)。
しかし、一概には言えないですね。英語を流暢に操ることができるという点では、うらやましいと思うこともあります。私は英語とロシア語を毎日継続して勉強していますが、訓練によって語学を身につけたとしても、ネイティブには一生かかってもかないません。
しかし一方で、語学を学ぶことで自分の知らない文化を一緒に学ぶこともできました。たとえば、英語の文章の特徴として、大事なことを最初に言ってから理由を述べたりしますよね。人を説得するときには、「自分はこう思う」と意見を表明した上で、「because」という接続詞のもとにその理由を、二つ三つ挙げていくわけですが、日本語はこれと正反対です。まず理由を述べてから、最後に結論が来る。したがって、日本語で考えたことを英語に直訳すると、アメリカ人の耳には言い訳がましく聞こえるかもしれない。
私は日本語と英語の両方を知っているからこのような比較ができますが、英語だけを使って暮らす人々が英語の特徴を発見するのは難しいでしょう。ですから私は、固有の文化を持つ日本人のままでありつつ、ネイティブスピーカー並みに英語を話すことが理想ですね。
―とても楽しいお話でした。どうもありがとうございます。
1964年、神奈川県横浜市生まれ。東京大学医学部で博士号取得。同大学医学部附属病院第1外科学教室に勤務。病院の麻酔科、外科に勤務し、消化器外科の臨床および研究に従事するが、宇宙飛行士募集のニュースを見て子どものころ持っていた宇宙へのあこがれが再燃。1999年2月、NASDA(現JAXA)よりISSに搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者に選定される。2001年1月、宇宙飛行士として認定され、06年2月にNASAよりMS(搭乗運用技術者)として認定される。08年12月、ISS第28次/第29次長期滞在クルーのフライトエンジニアに任命され、2011年6月8日にソユーズに搭乗、約5か月半の長期滞在ミッションを行った。