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上野千鶴子氏・大学教授 インタビュー・論文 英語
“彼女に勝てる論客がいない”と評される論争の名手、上野千鶴子・東京大学教授。古くはアグネス論争、記憶に新しいところでは、ジェンダーフリー論争まで、上野教授はいつも論争の中心にいて、大胆な発言と、高速スピードで的確に繰り出されることばで周囲を圧倒する。上野教授に論争術を学びにタレントが師事したことも話題になった(「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」筑摩書房)。
   上野教授は、30代前半にアメリカで2年間の留学生活を送った経験を持つ。「日本語のケンカなら負けない」と自ら語る教授は、武器である日本語を取り上げられたアメリカでの2年間を、どのように英語に親しんで過ごしたのか? 英語のケンカでも負けないのだろうか? 現代最強の日本語の論客と「異国のことば」との関係を知りたくてインタビューを申し込むと、「英語には本当に泣かされたので、この苦労を語りたい」と理由を添えて、取材を快諾してくださった。
取材・構成=古屋裕子(クリムゾンインタラクティブ) 写真=太田拓実
 
上野千鶴子氏・論文 英語・ネイティブチェック

上野千鶴子氏・英語論文・英文校正会社

私の英語の読み書き能力は低くはなく、大学院生時代には、同じ専門分野の人から依頼を受けて、日本語論文を英訳するアルバイトをしていたほど自信がありました。一方、しゃべる、聞くはまるでだめでした。私の英語は、学校教育オンリー、受験英語オンリー、読み書きオンリー。初めて海外に行ったのが、33歳です。大学教員のための留学プログラムに選抜され、アメリカに2年間行くことになりました。1ドル250円の時代です。学生時代には1ドル360円の時代でしたから、当時のレートで航空券を買ったら、片道切符しか買う余裕がなくて、悪くすると日本に戻って来られないかもしれないという時代でした。その当時外国へ行くのは、必死の覚悟でした。人の移動という意味でのグローバリゼーションが、まだ今のように進展していませんでした。

英語に苦労? はい、さんざんしました。日常的な会話が全くできなかったんです。私は一生懸命しゃべっているのに、たとえば、スーパーマーケットのレジのお姉さんがけんもほろろな扱いをするんです。とくに私がエスニックマイノリティであればあるほど、露骨な差別をする。「Pardon, me? (え、なんですか?)、「Say it again(もう一度言ってください)」「I cannot hear you(聞き取れませんでした)」、これを1日に1回は必ず言われるんです。1日に1回ならまだ許容限度でしたが、3回言われたら、精神的に参ります。毎日、毎日つらい思いをしました。私、本気で泣きました。

留学当時、私は学生ではなく、すでにオトナでした。大学教員であり、研究者でした。学者の世界は慇懃無礼で、誰も私に向かって英語の欠陥をあからさまに指摘したり、英語表現を直したりアドバイスしたりはしません。また、学者は外国人の英語に慣れているし、忍耐強く耳を傾けて、英語を理解しようと努力してくれます。アカデミックコミュニティの中で過ごすほうが、テクニカルタームを含めて限られたボキャブラリーで会話が成り立つからラクなんです。しかし、ひとたび街に一歩出たら、市井の人は誰もそんな扱いをしてくれません。

上野千鶴子氏・英語論文 上達法

上野千鶴子氏・校閲・インタビュー・論文 英語

英語の上達法としては、もう仕方ないから、腹をくくって自分をさらけ出すだけ。まわりを見ていると女の子のほうが比較的早くうまくなりますね。男性より女性のほうが概して大胆で、さらけ出しの度合いが高いし、一人で行動するし、ボーイフレンドができる。私もざっくばらんな性格で、自分をさらけ出すことに対するメンタルブロックが低く、アメリカ人に「どうしたらチズコみたいにそんなにオープンになれるんだ」と、よく言われました。開き直ってしまえば、あとは赤ん坊と同じで「口移し」。相手の言う通りに真似して言う。これしか外国語がうまくなる方法はありません。

英語のカセットテープを繰り返し聴くとか、ラジオ放送で英語の勉強などということは絶対にやりませんでした。私は目的も意味もないことは大嫌いで、必要もないのに日本にいるあいだにそんな努力をしたことは一切ありません。とにかく現場で、プールの中に突然たたき落とされて、アップアップもがきながら必死に泳ごうとする、ということしかできないです。

留学1年目は英語に泣かされましたが、1年目の終わり頃、友達と電話越しに、くだらないことをたらたらと英語でしゃべって、何時間しゃべっても疲れを感じなくなったことに気づいたとき、ストーンと天井が抜けた体験をしました。

上野千鶴子・英語論文・校閲会社

英文校正・上野千鶴子氏

アメリカでは、師事したいと願っていた人類学者、メアリー・ダグラスのいるノースウエスタン大学の人類学部へ留学しました。最初にクラスルームに参加したとき、みんな底抜けにアクティブで、ワーッとしゃべって止まらない。最初は「おおー!アメリカの学生はすごいなあ。活発だな」と思ったんです。でも、1ヶ月くらい過ぎてようやく耳が慣れてきて、みんな何を話しているんだろうと思ったら、「おまえ、いま授業聞いていただろ?」と思うような、非常にレベルの低いことを、非常に活発にしゃべっていることがわかってきました。

私はだんだん腹立たしくなった。このように水準の低い議論で教室が成り立っているんだったら、悪いけど、私は日本にいたときのほうが、もっとレベルの高いオーディエンスと付き合っていたよと思いました。研究者は、コミュニケーションとフィードバックがないと、自分のアイデアを鍛えられません。とくに私のような社会学者の武器は言語しかありませんから、たとえどんなに英語が達者にできたところで、この水準のオーディエンスとやり取りするんだったら、ここにいるのは時間の無駄だと思い、自分で交渉して所属大学を変え、ノースウェスタン大学からシカゴ大学へ移りました。
 

上野千鶴子氏・校閲・論文 英語

シカゴ大学には、全米各地から有名無名の研究者が招かれてスピーチする「マンデー・コロキアム」という公開講演会があります。講演会と称しつつ、これが大学の空きポストの教員採用試験になっています。スピーチに呼ぶ大学側も、呼ばれるスピーカーのほうも、この場が一種のテストだということを知っているので真剣勝負。容赦のない舌戦が繰り広げられるんです。

スピーチが終わるとディスカッションがあり、そのあとの質問タイムも壮絶。大学院生や若手研究者が、先輩格のスピーカーの揚げ足を取るような意地の悪い質問をする。いかに相手のスキをつくか、虎視眈々と狙って。そういうときに、一流の研究者は、真正面から受けてロジカルに答える場合もあれば、フェイントをかけたり、逆襲したり、わざと答えなかったりとか、様々なレトリカルな対応を使います。それが、一流の学者は本当にうまい。

マンデー・コロキアムでの丁々発止のやり取りを間近で見ていて、私はつくづく感じました。これは、英語では太刀打ちできないって。一流の学者と場を共にして発言するとき、デリバー(伝える)の能力の差がきわ立ってくるんです。数学のような普遍言語のある学問であれば話は別かもしれませんが、社会科学や人文科学は、アイデアが優れているとかコンセプトがいいというだけでは十分ではない。

一流かそうでないかの差は、言語的なパフォーマンスのデリバリーの能力の差なんです。アイディアを伝達するときには、ロジックに加えてオーラルプレゼンテーションのレトリックが不可欠。そのスキルは、正面突破だけでなく、フェイント、からめ手、ごまかし、言い逃れ…そういうものの集合です。

アメリカに留学し、一級の研究者のそばにいて、私にはいやというほどわかりました。私にはそのスキルが持てない。持てないことを痛感したから、私はギブアップしました。私は英語圏で勝負するのを断念した。私は日本語については自分の言語能力の高さに自信を持っていますから、日本語だったら絶対に負けないのにという思いがあるから悔しかったし、英語のネイティブに生まれたというだけで圧倒的に有利な立場に立っている彼らが、それはうらやましかった。非母国語で勝負することがどれほど大きなハンデなのかということを切実に感じました。

上野千鶴子・英語論文 海外大学レベル 上達法

上野千鶴子氏・教授 論文 英語

現在のアカデミックマーケットにおける英語化という意味でのグローバリゼーションは、まるで地すべりや地殻変動のようです。短期間で劇的に起きていて、誰にもコントロールできないし、抵抗しようがありません。私がアメリカに留学した70年代は、今とは全く状況が違っていました。日本の社会科学のアカデミックマーケットは国内市場で自足していて、逆に言うとその分、閉鎖性も高かった。日本の社会科学は長い間「輸入学問」で、「ヨコのものをタテにする代理店ビジネス」と呼ばれていました。ひたすらウェーバーやパーソンズなどの「大会社」と「代理店契約」を結んで、ウェーバリアンとかパーソニアンなどと呼ばれて、つまり外国語文献を読んで、解釈して、専門家でございますという顔をしていれば、それだけでおまんまが食べられました。しかし、欧米のキャッチアップに励む時代はとっくに終わりました。

上野千鶴子・大学教授 インタビュー・論文 英語

私の現在の研究テーマは介護ですが、日本の介護保険制度は、実はいま世界中が注目する研究対象です。ドイツがモデルだと言われていますが、日本はドイツとも違う、世界のどこにも類例のない制度を作り、2000年からスタートして8年たちました。この8年間の経験には、世界に他に比較するもののないユニークな情報の蓄積があります。一昔前なら、たとえばイギリスの社会保障政策とか、アメリカの介護労働者問題などを研究するだけで学問として成立したかもしれませんが、今日では、日本ローカルな独自の状況を世界に発信することにこそ、グローバルな意味があります。

日本にも、日本のオリジナルな経験の中から生まれたオリジナルな研究成果が出てきています。しかし、残念ながら研究者に英語の情報発信力がない。英語で発信しなければ、誰も聞いてくれません。どれだけ業績があっても、グローバルには「存在しないNon-existent」も同然です。

私は、教壇で「バイリンガルになりなさい」と学生に教えています。私は英語圏で勝負することから撤退したけれど、それは、英語を放棄したということとは全く違います。バイリンガルになることは、これからの時代の研究者にとっては必須の生存戦略です。生き延びるためには、強いられた言語を使うほかない。そうでなければ世界の他の地域の人たちに理解されず、存在しないに等しいのですから。英語に屈したと見せかけて、その言語を逆手にとって、日本のオリジナルな経験に基づくオリジナルな研究を発表し、これまで誰も知らなかった現実や世界を構築していくことにこそ、私たちが恐ろしいほど膨大な時間と労力をかけて英語を学ぶ意義があるのではないでしょうか。そしてこれを行わない限り、今後、日本人研究者の存在意義は失われると思います。

福島孝徳2

上野千鶴子・論文 英語

1948年生まれ。富山県出身。京都大学大学院社会学博士課程修了。京都精華大学助教授、ボン大学・コロンビア大学・メキシコ大学の客員教授などを経て、95年より東京大学大学院人文社会系研究科教授。 女性学、ジェンダー研究の先駆者であり、「セクシィ・ギャルの大研究」(1982年、光文社)「発情装置」(1998年、筑摩書房)などの著書で注目を浴びる、1994年「近代家族の成立と終焉」(岩波書店)でサントリー学芸賞を受賞。 近年は高齢者の介護問題を研究対象とし、2007年の近著「おひとりさまの老後」(法研)はベストセラーを記録している。

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